技術情報

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  • 応急仮設住宅
  • 復興公営住宅

大和ハウスグループの技術 技術の変遷

大和ハウス工業が創業した1955年から現在まで、
日本社会は戦後復興、高度経済成長から成熟、高齢化、人口減少へと移行し、
人々の暮らしぶりも、生活を取り巻く技術も大きく変化してきました。
日本社会の変化とともに大和ハウスグループの技術の変遷をたどります。

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1950年代の日本
高度経済成長期/住宅不足

1950 1950年代の大和ハウスグループ

パイプハウス

1957

初の大規模鋼管建築竣工

大和ハウス工業

1959

「移動教室」発売

大和ハウス工業

3時間で建つ勉強部屋「ミゼットハウス 」発売

大和ハウス工業

大和工商株式会社(現大和リース株式会社 )創業

大和リース

ミゼットハウス

1960年代に進む

1950年代の日本

第二次世界大戦の終戦から10年が過ぎ、日本はめざましい高度経済成長の時代に入ります。1953年にはテレビ放送が開始。1954年には神武景気が幕を開け、一人当たりの実質国民総生産が戦前の水準を超えた翌年、「もはや戦後ではない」が流行語となります。白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器 (電化製品)」と呼ばれ、庶民の憧れとなりました。

早川電機工業(現シャープ)製 国産第1号テレビ

日立製作所(現日立アプライアンス)製 移動渦巻式(手動ローラー絞り機付)洗濯機

東京芝浦電気(現東芝)製 電気冷蔵庫

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1960年代の日本
量から質への時代

1960 1960年代の大和ハウスグループ

1962

パネル式プレハブ住宅「ダイワハウスA型」発売

大和ハウス工業

ダイワハウスA型

1965

日本初のプレハブ住宅専門工場(奈良工場)開設

大和ハウス工業

大空間を覆うことができる鋼管構造シェル「ダイワシェル(プレハブシェル)」発売

大和ハウス工業

奈良工場

ダイワシェル(プレハブシェル)

1966

仮設建物の賃貸および販売 開始

大和リース

1969

初の単独大規模開発「緑が丘ネオポリス」発売開始

大和ハウス工業

初の自社工場 八幡工場 開設

大和リース

緑が丘ネオポリス

1970年代に進む

1960年代の日本

高度経済成長期の真っ直中、三大都市圏(東京・名古屋・大阪)への人口流入で都市人口が急増します。1961年には日本初の大規模ニュータウン「千里ニュータウン」が起工。1962年は首都高速道路の京橋~芝浦間、東京オリンピックが開催された1964年は東海道新幹線が開通し、インフラ整備が進みます。1968年には住宅不足が解消し、住宅は量から質の時代に入りました。

首都高速道路 京橋~芝浦間開通式
写真提供:首都高速道路株式会社

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1970年代の日本

1970 1970年代の大和ハウスグループ

1970

住宅設計・積算、工場発注システム等にコンピューター本格導入

大和ハウス工業

ダイワハウスCシリーズ開発

大和ハウス工業

コンピューターの本格的導入

1972

ユニット式賃貸住宅「ダイワユニメント」発売

大和ハウス工業

ダイワユニメント

1973

奈良工場内に「中央試験所」を開設

大和ハウス工業

「中央試験所」での実棟実験

1975

ダイワエリート(旧型) 発売

大和リース

1977

省エネ住宅「ダイワハウスソーラーDH-1」発売

大和ハウス工業

省エネ住宅「ダイワハウスソーラーDH-1」

1978

ダイワハイロッジ 発売

大和リース

1980年代に進む

1970年代の日本

1970年、アメリカに次ぐ経済大国になった象徴として、アジア初の万国博覧会が大阪千里丘陵で開催されます。しかし、1973年の第一次石油危機で高度経済成長は終焉。1974年には地価上昇や原油高により異常な物価高騰が起こります。世間では映画からテレビへ流行が移り、歌謡曲の黄金時代へ。1979年にソニーが発売したウォークマン®は音楽の楽しみ方を変え、世界的に大ヒットしました。

1970年に大阪で開催された日本万国博覧会
写真提供:大阪府

ソニー製 初代ウォークマン®

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1980年代の日本

1980 1980年代の大和ハウスグループ

1980

総合技術研究所 発足

大和ハウス工業

1981

「ダイワハウス ルグラン チムニーのある家」(ダイワハウスGシリーズ第一号商品)発売

大和ハウス工業

ダイワハウス ルグラン チムニーのある家

1986

協力会連合会発足

大和ハウス工業

1987

TQC(全社的品質管理)導入

大和リース

1989

シルバーエイジ研究所発足

大和ハウス工業

創業30周年記念 ダイワサーティ 発売

大和リース

わが家で住まうような、ケアライフを。 シルバーエイジ研究所

ダイワサーティ

1990年代に進む

1980年代の日本

1980年代前半は、ファミリーコンピュータや携帯電話の先駆けとなるショルダーホンが登場し、ゲーム機や電話機を個人所有する時代が到来。1985年、電電公社がNTTに、日本専売公社がJTに、1987年には国鉄がJRに民営化するなど大きな時代の節目を迎えます。80年代後半は地価や株価が急上昇するバブル景気に入り、1989年、日経平均株価が史上最高値を記録しました。

任天堂製 ファミリーコンピュータ

NTT ショルダーホン(100型)

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1990年代の日本
環境共生の時代

1990 1990年代の大和ハウスグループ

1993

工場生産管理システム開発(原資材を中心とした在庫管理等)

大和リース

1994

大和ハウス工業総合技術研究所 開設

大和ハウス工業

総合技術研究所

1995

阪神・淡路大震災応急仮設住宅建設 大和ハウスグループ建設戸数:14,700戸

大和ハウス工業

大和リース

国内建設業界で初めてISO9001認証取得

大和ハウス工業

被災地に急ピッチ工事で完成した仮設住宅
(神戸市東灘区の瀬戸公園)

1998

戸建・賃貸住宅全商品に「健康住宅仕様」を標準採用

大和ハウス工業

2000年代に進む

1990年代の日本

1992年、リオデジャネイロでの地球サミットを機に環境問題が表面化。1997年には気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で京都議定書が採択され、地球温暖化対策が本格化します。1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など社会不安をあおる出来事が多い一方、1998年に世界最長の吊り橋、明石海峡大橋が開通し、世界トップレベルの技術力が示されました。

阪神・淡路大震災 阪神高速倒壊現場
写真提供:神戸市

明石海峡大橋

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2000年代の日本

2000 2000年代の大和ハウスグループ

2000

環境配慮住宅「環境光房」
環境配慮集合住宅「環境聚房(かんきょうしゅうぼう)」発売

大和ハウス工業

2001

プレハブ住宅メーカーとして初めて戸建免震住宅を商品化

大和ハウス工業

ステイトメント ウイズC 免震タイプ

2003

全工場ゼロエミッション達成

大和ハウス工業

2004

「リユース基礎」 資源循環技術・システム表彰受賞

大和リース

資源循環技術・システム表彰 表彰式

2006

応急仮設住宅建設検討委員会「DASHプロジェクト」発足

大和ハウス工業

大和リース

地域活性化へ リース方式による公営の賃貸住宅建設

大和リース

25年ぶりの新工法採用 戸建て住宅新ブランド「xevo(ジーヴォ)」発売

大和ハウス工業

xevo(ジーヴォ)

2008

屋根緑化システムのリース事業を開始、緑化事業 参入

大和リース

エコ屋根施工例

2010年代に進む

2000年代の日本

人口減少時代を迎え、少子高齢化や単身世帯の増加が顕著になります。不景気で非正規雇用者は3割を超え、世帯収入も減少傾向が続きます。そんな中、コミュニケーションや娯楽が大きく変化。携帯電話が爆発的に広まり、インターネットも家庭に普及。2000年代中頃からウェブログやコミュニティサイトが登場し、個人からの情報発信が急増します。

NTTドコモ カメラ付き携帯電話

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2010年代の日本

2010 2010年代の大和ハウスグループ

2011

業界初狭小空間点検ロボットmoogle 運用開始

大和ハウス工業

スマートハウス「スマ・エコ オリジナル」発売

大和ハウス工業

緊急災害救援ユニット「EDV-01 」開発

大和リース

狭小空間点検ロボットmoogle

EDV-01

2012

環境配慮事業用建築「D’s SMARTシリーズ 」発売

大和ハウス工業

仮設建築用の制震装置「制震ダンパー 」開発

大和リース

省エネ型タワーパーキング「エコログリーン・パーキング 」オープン

大和リース

ディーズ スマートオフィス

2013

都市型中層住宅「skye 」発売

大和ハウス工業

大阪マルビル緑化プロジェクト「都市の大樹」開始

大和ハウス工業

大和リース

フジタ

株式会社フジタ が大和ハウスグループに加わる

フジタ

大阪マルビル緑化プロジェクト「都市の大樹」

2014

繰り返しの巨大地震でも初期性能を維持する「持続型耐震」技術を開発「xevo∑ 」発売

大和ハウス工業

xevoΣ(ジーヴォシグマ)

アルミドーム屋根

Futureに進む

2010年代の日本

スマートフォンの普及で暮らしは変わり、ネット通販やソーシャルメディアなどを提供する企業が世界的に成長。2011年には東日本大震災による原発停止でエネルギー問題が起こり、環境配慮・ICT活用のスマートハウスやスマートシティが生まれます。2012年には先端技術を駆使した東京スカイツリー®が開業。ロボットやAIの実用化も未来を予感させます。

東京スカイツリー

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Future

大和ハウスグループは、住まいに、街に、暮らしに、将来に求められていることはなにかを常に考え続けています。これまでも、創業以来培ってきた技術のノウハウを活かし、幅広い分野にわたり、多彩な研究開発を推進してきました。
これからの時代も、さまざまな課題に真摯に向き合い“明日の社会に必要不可欠の”商品やサービスを開発していきます。


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