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連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞く、サステナブルの「目」 漁業界の働き方改革。漁師は20年で半減、後継者不足に悩む石巻に40人もの新米漁師が生まれたわけ

連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞く、サステナブルの「目」

漁業界の働き方改革。漁師は20年で半減、後継者不足に悩む石巻に40人もの新米漁師が生まれたわけ

「サステナビリティが大事」なのは分かっていても、実際には、どこにどんな課題があって、私たちの生活にどう影響していくのか、正直、縁遠く感じてしまう方もいるでしょう。

そこで本連載では、実際に「サステナビリティ」の現場に向き合う当事者のリアルな声を、寄稿形式でお届けします。前回に続き「海のサステナビリティ」に取り組むフィッシャーマン・ジャパンの事務局長でありYahoo! JAPAN SDGs編集長・長谷川琢也さんが登場。今回のテーマは業界を問わず課題となっている「人手不足や後継者不足」についてです。

長谷川さんのロングインタビューはこちら

世界が注目する「ブルーカーボン」「ブルーフード」。専門家が解説する「海のエコ」の可能性

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漁師は20年で半減、漁獲高も3分の1程度に

前回は、海の環境問題として注目を浴びる「ブルーカーボン」「ブルーフード」について説明しました。ですが、日本の海にはまだまだ取り組むべき問題があります。そのひとつが「後継者不足」です。いくらブルーフードが環境にいいといっても、それを育て、収穫し、届ける人材がいなければ、机上の空論になってしまいます。

特に漁師の減少は深刻です。1993年の約32万人から、2022年には約12.3万人に減少。約20年で半減してしまいました。それと軌を一にするように、漁獲高はピークの1984年の1282万トンから減少が続き、2022年は391万トンにまで落ち込んでいます。

日本の漁業就業者の推移
日本の漁獲高の推移

魚がとれないから、儲からない。儲からないから新規の参入者も減っている。産業自体の持続可能性が危ぶまれる"負のスパイラル"に陥っています。

一方で声高に「6次産業化」が叫ばれていますが、そう簡単ではありません。毎日早朝に起きて命懸けで漁に出る漁師たちが、帰ってきた後に水産物を加工して、マーケティング活動をして、営業して売って、経理まで…。なかなか現実的ではないのは明白です。

どうしたら漁師になれるのか、その入り口すらなかった

ここまで漁業の課題点ばかりを指摘しましたが、問題点があるならば少しずつ解きほぐしていけばいい。そこで、フィッシャーマン・ジャパンが着手しているのが「行政・漁協・民間」の3者で共同事業を始めることです。

最初に着手すべきは、稼げる仕組みづくりとしての販路開拓と、今回のテーマとなる後継者問題でした。

これまでは、親の事業を承継して漁師になることが多かったのですが、今では親の事業を継ぐ事例は減っており、約7割が外部からの転入者です。

とはいえ、その転入もアナログな仕組みで行われてきており、一般の就職活動のように、就漁希望者と親方をつなぐルートはほとんどありませんでした。もちろん漁師の求人広告もありませんでした。

一般企業でいえば、人事部もなければ総務部も広報部も経理部もなく、いきなり上司に雇用されるようなものです。ミスマッチも起きるし、摩擦も生じるのは想像に難くないでしょう。

大漁で儲かっていた時代は、自然と人材は集まっていましたが、今では漁師の子どもであっても県外に就職するのが当たり前の時代です。加えて、今や日本全地域が慢性的な人手不足です。都心の大手企業でさえも人を採用するのに苦労していますから、宮城県石巻市の水産業の関係者には「隣の漁師や農家だけがライバルじゃない。東京の大企業さえもライバルだ」と伝えています。

サポート体制を充実させて就漁支援を

外から人を集めることと同じくらい重要なのが、未来設計です。これまでは「就漁したらなんとかなるだろう」という考え方の人が多く、せっかく就漁しても辞めていく若者が少なくありませんでした。

所属企業以外と連携が取れない、相談体制がない、漁師自体は外部の若手を歓迎していても、それ以外の地域の人たちがそうではない…。就漁希望者が求める条件が整っていなかったのです。

そこで私たちは先述したように「行政・漁協・民間」の3者で「新世代のフィッシャーマンを増やし、未来へ向かってこの国の水産業を変えていく」というビジョンを共有し、地域全体で、若手の働く環境を整えようと、採用、定着、そして稼げる担い手の育成に取り組み始めました。

そこで立ち上げたのが「TRITON PROJECT」です。

TRITON PROJECTってなに?

TRITON PROJECTは、未来の浜を担う方々と、漁業・水産業者とをつなぐことを目的としたプロジェクトとして、就漁先とのマッチング、新規の就漁希望者が町に馴染めるように住居(シェアハウス)の提供、日々のささいな相談にものるなど、"浜での暮らしをトータルでサポート"をしています。

コミュニティビジネスとしての役割も大きく、"よそ者"が石巻という町に溶け込み、継続的に居住するにはどうしたらいいのか。取りこぼしのないようにケアしています。

突如、石巻を訪れた若者。「よそ者」はどうやって溶け込んだのか

試行錯誤を進める中で、見事に石巻に溶け込んだ人物がいます。それが大阪から23歳でやってきた三浦大輝さんです。

親子のように写っている佐藤一(写真左、さとう・はじめ)さんと三浦大輝(写真右、みうら・だいき)さん。

親方の佐藤さんはホタテや銀鮭などの養殖業を営んでいたのですが、最初は弟子を取る気はまったくありませんでした。一方の大阪生まれの三浦さんは、新卒で入社した証券会社を退職して、石巻にやってきました。

佐藤さんの下で新米漁師となった三浦さんですが、よそ者がすんなりと馴染むのはなかなか難しかったようです。漁師になって独立を目指す場合、「漁業権」を取得する必要があります。漁業権とは合法的に漁を行う権利のことで、これをよそ者に認めることは、他の漁師からすれば自分たちの生活の糧にもなる大切な海を共有することにもなり、信用できない人に権利を渡すことはできません。

三浦さんも、周りの漁師から本当に厳しい叱咤を受けました。佐藤さんも内心は「若い人は続かないだろう」と思っていたそうです。ですが、三浦さんは本当に根気強く、働き続けることで、今は漁協の正組合員になりました。

それ以降、三浦さんが新規就漁者のよき兄弟子になり、石巻にはこれまでに40人以上の漁師が誕生しています。

好きなときに、好きな海で働こう。TRITON JOB SPOT

また、これまでは「牡蠣で稼いでなんぼ」「マグロで稼いでなんぼ」というような考え方が当たり前でしたが、若者は小さく多角経営を意識しています。親方の仕事に余裕がある時に複業をしたり、季節ごとに異なる魚種をとったり、これまでの仕事の仕方に縛られない動きも出てきています。

働く個人以上に、企業や地域など"働いてもらう側"の意識や体制改革が求められる時代です。とはいえ、事業者一人で全てを担うのは難しいため、面で取り組む組織づくりが大切となるのです。

世界的にみれば希望はある…?

石巻で産声を上げたTRITON PROJECTは宮城県気仙沼市や三重県南伊勢町などに横展開していき、200人以上のマッチング事例を生み出しています。

一度の施策で産業を大転換させるのは難しいでしょう。でも、こんなふうに徐々に関係人口が増えてきたら日本の漁業も明るくなるかもしれません。冒頭では日本の漁業の先行きが暗い話をしましたが、世界的にみれば、漁師の数も漁獲高も魚の消費量も右肩上がりが続いているんです。

つまり日本の新鮮な魚を世界に輸出することができるようになれば、新たな販路の拡大につながって売上も増える。それが数少ない日本の漁業の光なのかもしれません。

PROFILE

長谷川琢也

長谷川琢也Takuya Hasegawa

フィッシャーマン・ジャパン Co-Founder SeaSO/ヤフー Yahoo! JAPAN SDGs編集長。

1977年3月11日生まれ。 誕生日に東日本大震災が起こったことをきっかけに「ヤフー石巻復興ベース」を立ち上げ、石巻に移り住む。 漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えるため、漁業集団フィッシャーマン・ジャパンを設立。「豊かな未来のきっかけを届ける」Yahoo! JAPAN SDGs編集長も務める。

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