INNOVATION 1 建築革命 「国が、社会が、国民が何を求めているか」戦後の荒廃した国土や人々の困窮が石橋信夫を駆り立てた。
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自然の強靭さに学び鉄で建物をつくる
1950年、超大型台風の直撃で2万戸近い木造家屋が倒れ人々は家を失い、戦後の木材乱伐のため山々は崩れ落ちた。木材に代わる革命的商品が必要だった。その時、石橋は稲や竹だけが折れることなく風に揺れる姿に目を留める。「そうだ、円くて空洞の鉄パイプで家を建てよう」
わずか18人で創業パイプハウスを発明
1955年、石橋は「大和ハウス工業株式会社」を創業する。わずか18人の社員と共に、創業から3カ月後、鉄パイプを工場で加工して現場で組み立てる「パイプハウス」を開発。この創業商品こそ「建築の工業化」の礎であり、日本の建築に革命をもたらすものであった。
日本列島の大動脈をパイプハウスで支えていく
パイプハウス実用化の目処をつけた石橋は、日本列島の大動脈である巨大組織、国鉄(現JR)へ。社員18人の中小企業では、と渋る相手に、石橋は「国鉄の新しい時代のための新しい倉庫である」と直言。その気迫が重い扉を開き、パイプハウスは国鉄発展の一翼を担っていく。
パイプハウスが普及鋼管構造建築へ発展
国鉄に続き、電電公社(現NTT)や官公庁など、パイプハウスは瞬く間に全国に拡大した。さらに大型建築を望む声に応え、日本初の鋼管構造建築を開発。完成までの驚異的な速さが評判を呼び、石橋は「スピードは最大のサービスであり、企業の利益を最大化する」と確信したのだ。
画期的な移動教室で社会の課題を解決
戦後のベビーブームにより、全国の学校で教室不足が大きな社会問題となっていた。石橋はパイプハウスの技術を活かし、解体・再利用できる「移動教室」を開発。それは、小学校に仮設教室を建て、子どもたちの進学に合わせて中学校に移設できる画期的な商品だった。
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