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「街と未来を再耕する」 大和ハウス工業が過去に開発した
郊外型戸建住宅団地「ネオポリス」を再耕せよ。
街に新たな魅力を創出する「リブネスタウンプロジェクト」が始動した。

大和ハウス工業株式会社 営業本部 ヒューマン・ケア事業推進部長 瓜坂 和昭 大和ハウス工業株式会社 営業本部 ヒューマン・ケア事業推進部長 瓜坂 和昭

大和ハウス工業株式会社 営業本部 ヒューマン・ケア事業推進部長

瓜坂 和昭【KAZUAKI URISAKA】

1990年:大和ハウス工業に入社、長野支店で医療・介護施設を担当

2011年:本社 ヒューマン・ケア事業推進部 ネクストライフ事業推進室 室長に就任

2018年:本社 ヒューマン・ケア事業推進部長に就任。大和ハウスグループの高齢者事業を統括

(左)上郷ネオポリスの現在(2020年)(右)上郷ネオポリスの開発当時(1970年代)(左)上郷ネオポリスの現在(2020年)(右)上郷ネオポリスの開発当時(1970年代)
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夢の続きをもういちど

Spirit of Hearts VOL.10

緑豊かで、敷地や道が広く、整然と計画された郊外の街は、昔も今も人々の憧れだ。日本のニュータウンは高度経済成長期に開発が始まり、今では全国約3,000カ所以上(※1)に広がっている。大和ハウス工業も1960年代から「ネオポリス」を開発してきた。しかし古いニュータウンの多くは、人口減少や空き家の増加などの課題を抱えるオールドタウンとなっている。全国から人口が集中する関東圏であっても、その波は避けられない。

神奈川県横浜市栄区、すぐ南は鎌倉市だ。ここに大和ハウス工業の郊外型戸建住宅地「上郷ネオポリス」がある。開発が始まったのは1970年。50年が経った今も、総戸数868戸に約2,000人(※2)が暮らしているが、高齢化率は約50%※3。小学校は廃校になり、店舗も相次ぎ閉店した。自治会は何度も町おこしをしようとしたが、意見がまとまらず、話が出ては立ち消えになった。

街の人々にとって、ここは大切な故郷だ。そして、大和ハウス工業にとっても「ネオポリス」は企業の歴史であり、財産でもある。当時、憧れだった戸建住宅という「夢」をお客さまに買っていただいた。その「夢の続き」を描くのは、開発した自分たちしかいない。こうして街を再耕する「リブネスタウンプロジェクト」の構想が固まった。ヒューマン・ケア事業推進部の瓜坂たちはその第一弾とすべく上郷ネオポリスへと向かった。

  • ※1 国土交通省住宅局「住宅団地の実態について」(平成30年12月)
  • ※2 上郷ネオポリス自治会調べ(2019年9月現在)
  • ※3 横浜市政策局統計情報課調べ(2017年9月現在)
整然と美しい街が広がる上郷ネオポリス

整然と美しい街が広がる上郷ネオポリス

野七里(のしちり)テラス野七里(のしちり)テラス
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人が集える場所がほしい

Spirit of Hearts VOL.10

瓜坂たちを迎えたのは、街の人たちの冷めた視線だった。「リフォームや二世帯住宅を売り込みに来たんだろう」。

瓜坂は首を振った。この街そのものに新しい魅力がなければ、若い世代は呼び戻せない。ビジネスとしての採算性もない。街の人々と自分たちが目指すゴールは同じなのだ。「この街をもう一度、魅力のある街に再耕したいんです。私たちも一緒にやらせてくれませんか」。

街は高齢化や人口流出が進み、限界集落と呼ばれたこともあった。だが、住み続けたいと願う人も多くいた。外部と手を携える時が来たのだ。

2014年、意見交換が始まった。2015年には自治会内に「上郷ネオポリスまちづくり委員会」が発足。2016年、自治会と大和ハウス工業で「まちづくり協定」を締結し、大学教授らも参加する「上郷ネオポリスまちづくり協議会※」を立ち上げた。

協議会で上がった最初の要望は「人が集まる場所がほしい」だった。上郷ネオポリスは第一種低層住居専用地域のため、喫茶店やコンビニエンスストアをつくれない。立ち話か、家に上がるしかなかった。運良く横浜市で、買い物難民の問題がある地域であればコンビニエンスストアの建設を特例で認められることになった。1年半にわたる協議の末、郊外型戸建住宅地で初となる建設許可が下りた。

2019年10月、コンビニエンスストア併設型のコミュニティ施設「野七里(のしちり)テラス」がついに完成。小雨降る秋の日、オープンを祝おうと400人を超える人々が集まり、色とりどりの傘の花が咲いていた。辺りには熱気が立ち込め、人々の目には期待の光が宿っている。なぜなら、この建物こそ、街の未来を象徴する場所になるからだ。

※上郷ネオポリス自治会や一般社団法人高齢者住宅協会、東京大学、明治大学ならびに大和ハウス工業で構成。

サテライト拠点「和(なごみ)テラス」

サテライト拠点「和(なごみ)テラス」

コンビニエンスストア「サチテラス」の接客風景コンビニエンスストア「サチテラス」の接客風景
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高校生と82歳、並んで働く

Spirit of Hearts VOL.10

「野七里テラス」は、バスの待合所も兼ねたコミュニティスペース「イマテラス」と、コンビニエンスストア「サチテラス」(ローソン上郷野七里テラス店)を併設している。また、バスロータリー前には、大和ハウス工業社員が常駐し、ボランティアの研修活動や住まいの相談受付などを行うサテライト拠点「和(なごみ)テラス」も開設した。コンビニエンスストアは、大和ハウスグループの大和リビングがローソンとフランチャイズ契約を結び、運営している。

主体は、あくまでも街の人々である。地域住民らで「一般社団法人野七里テラス」をつくり、コミュニティスペースの運営やコンビニエンスストアの来客サポートを行う。そのサポートメンバーとなるボランティアを住民から募集。新たな試みとして、ボランティアの活動に対して併設のコンビニエンスストアだけで使える地域通貨「野七里コイン」を導入した。

コンビニエンスストアも人材を確保できるか心配したが、うれしいことに多数の応募があった。店長には60代のお二人を採用。店員の最高齢は82歳だ。高校生にレジを教えてもらい、元気に店頭に立っている。

また、場所柄、住民以外の来店が少ないため、ローソンの協力を仰ぎ、黒字化の策も練った。町内5カ所で週1回、住宅の空いている駐車場に移動販売車「ミチバタテラス」を出店。車が来るとご近所の人たちが集まり、たちまち井戸端会議だ。「あの人、最近顔を見せないね」と安否確認にもつながる。さらに「ミチバタテラス」は街の外にも出ている。サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームと交渉して訪問。100人、200人が暮らす施設を回ると、売り上げも予想以上に。こうして「テラス」は、人々に「働く喜び」や「頼られるうれしさ」、「人と触れ合う楽しさ」をもたらしている。

移動販売車「ミチバタテラス」

移動販売車「ミチバタテラス」

地域通貨「野七里コイン」

地域通貨「野七里コイン」

野七里テラスのボランティアジャンパー

野七里テラスのボランティアジャンパー

イベントや買い物客でにぎわう野七里テラスイベントや買い物客でにぎわう野七里テラス
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新たな人や生きがいに出会えるニュータウン

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再耕のアイデアは尽きることがない。例えば、団地内の移動をサポートする電動カート。街で実証運行をしたところ、4日間で200名近くも試乗した。また、上郷ネオポリス内に多世代が集える家庭菜園や高齢者が入所できるグループホームを設置することができないだろうか?既存施設を子育てや在宅介護の支援に利活用することができないだろうか?そんな夢を実現するために、2020年1月、横浜市とまちづくりにおける包括協定を結んだ。

瓜坂の視線は街の外にも向かっている。入社当時、長野にいた縁で、東御市でワイナリーを経営するエッセイスト・画家の玉村豊男氏という知己を得た。荒廃した桑畑を開墾してワイナリーをつくり、いつしか周りには生産者が次々と集まっている。だが「人手が足りない」と聞き、「都会には元気な高齢者の方がいます!」と手を挙げ、上郷ネオポリスから東御市へのバスツアーを実行。また、東御市の人たちもワインや特産品を持って上郷ネオポリスを訪ねてくれた。

「畑の雑草を抜いたり、ワインを酌み交わしたり、何かを一緒にすることで友だちになる。『来年も来てね』『頼りにしてるよ』と言われる。それが生きがいになるんです」と瓜坂。家庭菜園で物足りなければ信州のブドウ畑へ手伝いに行こう。信州だけじゃない、日本中の農園や漁港へ旅に出よう。大和ハウスグループは全国にホテルを持っているから話は早い。グループのフィットネスクラブや商業施設、ホームセンターも旅の目的地になるかもしれない。「ネオポリス」に住んでいれば、新たな人や生きがいに出会うチャンスが広がるのだ。

野七里テラスで住民の方々と談笑する瓜坂野七里テラスで住民の方々と談笑する瓜坂
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戸建住宅地の再耕モデルを日本中へ

Spirit of Hearts VOL.10

「野七里テラス」は、すっかり街の風景に溶け込んでいる。朝の散歩で立ち寄るシニアグループ。おやつを食べる親子連れ。宿題やゲームをする小中学生たち。その中に、ある男性の姿があった。妻を亡くし、以前は家で一人、晩酌をしていたと言う。けれども「野七里テラス」に毎日通ううちに仲間が増えた。「こんなに楽しいところはない。友達もできた。瓜坂さんのおかげだ」と男性は笑う。そんな時、瓜坂は自分たちの仕事が人の役に立っていると実感する。それほど喜んでくれるなら、もっと喜ばせたいと思う。その想いが瓜坂を突き動かす。

「私の父は地元で暮らしているんですが、この街の話をすると『うちも、お前がやれ』と言うんです。そんな簡単にはね(笑)。でも、大和ハウス工業がつくった街になら、この再耕スキームを広げていける」と瓜坂は考える。急がなくては。まちづくり協議会のアドバイザーである東京大学の教授は「瓜坂さん、時間はないよ。団塊世代の人たちが元気でいるうちにモデルをつくらないと手遅れになる」と言う。急ごう。でも楽しもう。笑いながら前に進んでいこう。

「どういう事業が世の中のためになるかを考える」。その創業者精神を受け継ぎ、民産官学連携で街を再耕する「リブネスタウンプロジェクト」は、第一弾の「上郷ネオポリス」と並行し、2014年から兵庫県三木市の「緑が丘ネオポリス」でも始まっている。いずれは他のネオポリスにも、タウンマネジメントのスキームを展開したい。そして、その先には、日本中のニュータウンが再耕の時を待っている。

街を歩くと顔なじみの誰かに出合う

街を歩くと顔なじみの誰かに出合う

※掲載の情報は2020年2月時点のものです。


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